チャーチル元首相の訃報からはじまった1965年。ポプラーではスラム街の撤去が進められ、ノンナ―トゥス・ハウスも例外ではなく取り壊しの脅威にシスター・ジュリエンヌは思い悩む。医療や人々の生活は向上したが、ポプラーでは貧困する人々も多く感染症のジフテリアが拡がってしまう。